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Date: 2019/03/23

暑さ寒さも彼岸まで −ヒガンバナシ−

「暑さ寒さも彼岸まで」との言葉通り、今年もまた、春の陽気を肌で感じる季節になりました。
どうも、AND SPACEの“おじいちゃん”こと、コピーライター兼ディレクターの橋田です。

わたくし、間違いなく、社内の男性陣最年少です。
ただ・・・身なり、言葉づかい、与える印象が、間違いなく一番お爺ちゃんです。

試しに、Googleで『若年寄』って単語を調べてみました。
「若いくせに老人のように元気のない人」と釘を刺されました。
続いてWikipediaでも調べてみたら、「年齢の割に老けた外見の男性」と念をおされました。
昔から「老け顔」と言われることに慣れてはいますが、「老人のように元気のない人」にだけはならぬよう、精進努力して参る所存です。

さて、週がわりのブログ担当が、ちょうど「お彼岸」の時期にまわってきました。
これも、AND SPACEの寺社仏閣担当だからこその“因縁”でしょうか・・・
今回は、春と秋に2度ある「お彼岸」をテーマに、ちょいとニッチな“豆知識”をご紹介します!

 

春分の日・秋分の日=彼岸の中日

国民の祝日である3月の「春分の日」と9月の「秋分の日」は、年によって日付が変わります。
国立天文台が天文学に基づいて各年の日付を定めており、昼と夜の長さがほぼ等しくなる日と言われています。
現在16ある祝日の“制定理由が意味不明ランキング”で、上位を占めるであろう「春分の日」と「秋分の日」ですが、この両日がお彼岸のど真ん中である“お彼岸の中日(ちゅうにち)”なのです。

先祖を敬い、亡き人々を偲ぶ日

春分・秋分の日の前後3日を合わせた7日間を、日本では古くから「お彼岸」と呼び、ご先祖や自然の恵みに感謝を捧げる期間としてきました。
昭和23年(1948)に「春分の日」「秋分の日」が祝日に制定された際の理由も、単なる季節の変わり目ではなく、「先祖を敬い、亡き人々を偲ぶ日」だったのです。

 

お彼岸のお供えものと言えば・・・

お彼岸についての小難しい話をする前に、小豆を使ったお供えものの話をいたしましょう。
(ほら、最初に“豆”知識と申したでしょうが)

さて皆さん、お彼岸のお供えものと言えば、真っ先に何が浮かびますか?

そうです。
丹精込めてついた「お餅」に、たっぷりの「あんこ」をまぶして作った、“伝統的和スイーツ”です↓↓↓

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あんこの原材料である「あずき」の赤色は、災いから身をまもる「厄除け効果」があると昔から信じられ、邪気を払う食材として仏教行事や先祖供養の場面で重宝されてきました。

 

それでは、ここで、問題です。

さきほどご紹介した“伝統的和スイーツ”の名前はなんでしょう?

次の2択からお選びください。

 

一、ぼたもち
2

 

二、おはぎ
3

 

誰しもが一度は見たことがあるであろう、この和菓子。
どちらも耳馴染みがあるであろう「ぼたもち」か「おはぎ」のどちらでしょうか・・・

 

それでは、さっそく正解を発表いたします!

 

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あえて選択肢の写真を同じにした意味をお分かりいただけましたでしょうか?

「ぼたもち」であり、「おはぎ」でもある。

が、正解だったのです。

 

「ぼたもち」と「おはぎ」の違いとは?


では、なぜ、同じ見た目と味の食べ物なのに、2つの名前が存在するのでしょうか?
「ぼたもち」と「おはぎ」の呼び方の違いは、四季の移り変わりがある日本にふさわしい理由があります。

一、ぼたもち

「ぼたもち」は、牡丹の花が咲く季節の呼び方です。
要するに、“春のお彼岸”にお供えするものです。
小豆のあんこをまぶした様子を牡丹の花に見たてて、「牡丹餅」と名づけられました。

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二、おはぎ

一方の「おはぎ」は、萩の花が咲く季節の呼び名です。
もうお分かりの通り、こちらは“秋のお彼岸”にお供えするものです。
まぶされた小豆が、小さな粒のような花を咲かせる萩を連想させることから、「御萩」と名付けられました。

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もっと似た花があるやろ!とか、さすがに無理があるやろ!と思われるかもしれませんが、同じ食べ物(お供えもの)を春と秋で違う呼び名にするなんて、なんと“粋”なことでありましょう。

ちなみに、「ぼたもち」と「おはぎ」以外にも、夏は「夜船」、冬は「北窓」と呼ぶそうです。

春夏秋冬コンプリートしてるなんて、こりゃもう、風情が過ぎる。

今回はせめて、「ぼたもち」と「おはぎ」の違い、使い分け方だけでも覚えていただければと思います。

 

ご唱和ください!!

 

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他にもあるぞ、ボタモチ ≠ オハギ

「ぼたもち」と「おはぎ」に関する“豆”知識は、他にもたくさんあります。


春のお彼岸に「ぼたもち」、秋のお彼岸に「おはぎ」の使い分けが一般的ですが、地域の風習によっては別の分け方をする場合もあります。

例えば・・・

1.大きさ・・・花の大きさで分け、「大」がぼたもち、「小」がおはぎ
2.手加減・・・もちをつく加減で分け、「容赦しない」ものがぼたもち
3.あんこ・・・餡の質で分け、「こしあん」がぼたもち、「粒あん」がおはぎ
4.材料・・・餅の材料で分け、「もち米」がぼたもち、「うるち米」がおはぎ

 

もともとは、小豆の収穫時期が深く関わっていたとする説もあり、皮まで柔らかい採れたての小豆が使える秋のお彼岸には「粒あん」、一冬を越して皮が固くなった小豆を使う春のお彼岸には「こしあん」で作ったのだとか。

※以上、お爺ちゃんキャラにうってつけの「小豆にまつわる“豆”知識」でした。

 

そもそも、「お彼岸」とは?

ここからは、餡易(あんい)な話題を離れ、「お彼岸って、そもそも何なの?」を語ります。

最初にご紹介した通り、「春分の日」と「秋分の日」は、天文学的に昼と夜の長さがほぼ等しくなる日。太陽が真東から上がり、真西に沈んでいく日です。
では、どうしてこの日を「彼岸の中日」と呼び、「先祖を敬い、亡き人々を偲ぶ日」とするのでしょうか?

彼岸=悟りの境地

『彼岸』とは、仏教の本場インドのサンスクリット語「パーラミター(波羅蜜多)」を漢訳した「到彼岸」の略語で、ざっくり言うと「悟りの境地」を意味します。
仏教(とりわけ浄土教)では、亡き人は皆、“西のはるか彼方”にある「西方極楽浄土」に往生すると言われますが、この極楽浄土こそ、仏さまが住む悟りの世界の別名『彼岸』なのです。

「三途の川」は有名ですよね?
亡くなった人が、あの世へ往くために必ず渡らなければならない川です。
そして、『彼岸』がどこにあるかと言うと、この世(此岸)から三途の川を渡った向こう側。
つまり、「西のはるか彼方にある岸(あの世)」っちゅう訳です。

沈む夕日の先に・・・

春と秋の「お彼岸」が、あの世へ往くための仏道修行を積む7日間となり、ご先祖さまを拝むにふさわしい期間となった一番の理由。それは、「太陽が真西に沈むこと」にあります。

昔の人々は、極楽浄土のある真西へ太陽が沈むこの時期を、「この世とあの世が最も近づく日」と考え、亡くなった人たちへの思いが通じやすい日と考えるようになりました。

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お彼岸は、夕日を拝む日。なぜなら、夕日の先に、仏さまやご先祖さまが住む極楽浄土があるから。

彼岸Weekは、あの世への憧れを抱きながら、ご先祖に思いを寄せて、手を合わせる。そんな期間です。

「日の本」と書く日本の国で独自に発展してきた仏教行事『お彼岸』の意味や由来を、かいつまみながら、いっちょ前に解説してみました。

なんとなくでも、お分かりいただけましたでしょうか?

彼岸会法要やお墓参りのシーズン

お彼岸の時期には、全国のお寺で『彼岸会』と呼ばれる法要があったり、家族そろってお墓参りにでかける人も多いのではないでしょうか?

「お盆でもないのに、どうしてお墓参りにいくの?」と思ってる人もきっと多いはず。日本人ならではの文化であるお彼岸の意味を知っていれば、お墓参りにきた“甲斐があった”と思う気持ちも増えませんか?

ちなみに、お彼岸は宗派を問わず、お坊さんの繁忙期。
電話も、打ち合わせも、「彼岸明けにね」が基本中の基本です。

さぁ、彼岸明けまでに英気を養うとしましょうか。だから、わたし、甘いぼたもち、食べます。

 

 

デザート(最後にもう一言)

ブログ冒頭で『若年寄』の意味を書きましたが、どうにもこうにも、「老人のように元気のない人」ってゆうGoogle検索の結果が気になって仕方ありません。

そうです。老人を「元気がない」と決めつけていることが、腑に落ちません。
これは、偏見に過ぎません。こんな決めつけは許されません。

わたしは、知っています。
記憶力抜群の大正生まれのお爺さんを。
2軒目、3軒目のお店でもビール以外口にしないお爺さんを。
長時間移動を苦にせず全国を飛び回るお爺さんを。
贔屓にしているプロ野球チームの応援が日課のお爺さんを・・・。

だから、「老人だから元気がない」なんて訳がないのです。
楽しみを持っている人、話す相手がいる人、自分自身の役割がある人、フットワークが軽い人は、見た目は老けても中身は老けません。

そんなお爺さんに、わたしはなりたい。

橋田

この記事を書いた人

京都出身の渋みがすごい渋男。幼い頃から仏像や寺社の魅力にとりつかれ、子供ながらにお寺の写真集をおねだりするほど。物書きの原点は、大学時代に漫才コンビを組んだ際の台本づくり。その後、寺社仏閣専門誌を発行する会社に9年半勤務。仕事のモットーは、相手の立場と反応を考え、物事が誤解なく伝わるための気配りと言葉選び。座右の銘は「笑われるより笑かしたい」。幼少期から続ける野球は、早打ちの癖が抜けない。